神戸地方裁判所 昭和33年(ヨ)358号 決定 1958年9月11日
債権者・抗告人 国
訴訟代理人 藤井俊彦 外一名
債務者・相手方 神戸いすゞ自動車株式会社
自動車仮処分命令申請
申請の趣旨
債務者は別紙表示の自動車につき譲渡、抵当権賃借権等の設定その他一切の処分をしてはならない。
旨の裁判を求める。
申請の理由
一、申立外大谷正男は、昭和三二年九月上旬頃より昭和三三年二月一三日頃までの間に、兵庫県宍粟郡一宮町大字河原田阿舎利の国有林に於て、債権者所有の杉、松、もみ等八二三本(約一、一三四石時価金一、五五六、五九六円相当)を窃取し、その内一〇七本(約一一五石時価金一二六、三四四円相当)の、債権者において取戻し済の物件を除くその余の七一六本(約一、〇一九石時価金一、四三〇、二五二円相当)の時価相当額の損害を蒙らせた。
二、ところで、別紙表示の自動車は申立外大谷正男の所有である。即ち、右自動車は申立外大谷が昭和三一年三月頃債務者と売買契約を締結しその契約に基づき売買代金完済の時たる昭和三二年三月二五日にその所有権を取得したが未だその旨の登録手続を経由していないものである。
三、而して、申立外大谷正男は前記表示債権の執行目的となり得べき財産としては本件自動車の外若干の有体動産等を有するのみで前記債権の満足を得るに足りないので、債権者は申立外大谷正男に対して右損害賠償請求の訴訟を提起するとともに同債権保全のため債務者に対し本件自動車につき申立外大谷正男に代位して所有権移転登録手続を求める訴を提起すべく準備中である。
四、しかしながら、債務者会社は本件自動車を、大谷正男に依頼され他に譲渡したり抵当権賃借権等の設定その他の処分をするおそれがあり、その場合には、他日右各本案に於て勝訴の判決を得てもその執行が著しく困難になる虞があるので本件申請に及んだ次第である。
疎明方法<省略>
別紙<省略>(昭和三三年八月一五日付)
主文
本件仮処分申請を棄却する。
申請費用は、債権者の負担とする。
理由
一、債権者代理人は、
「債務者は、別紙目録表示の自動車につき、譲渡、賃貸、抵当権の設定その他一切の処分をしてはならない。」との仮処分命令を求めた。
二、右申請の理由は、次のとおりである。
「申立外大谷正男は、昭和三十二年九月上旬頃から昭和三十三年二月十三日頃までの間に、兵庫県宍粟郡一宮町大字河原田阿舎利の国有林において、債権者国所有の杉、松、もみ等八百二十三本(約千百三十四石)を窃取し、その時価金百五十五万六千五百九十六円相当の損害を債権者に与えたものであつて、その内時価金十二万六千三百四十四円相当の百七本(約十五石)は、債権者において取り戻すことを得たけれども、なお回収未了の七百十六本(約千十九石)の時価金百四十三万二百五十二円相当の損害については、債権者が右大谷に対しその賠償を請求し得べきものである。ところで大谷は、昭和三十一年三月頃債務者から別紙目録記載の自動車を買い受け、昭和三十二年三月二十五日代金を完済したので、契約の定めるところにより右代金完済の時にこの自動車の所有権を取得したのであるが、未だこれに伴う所有権移転登録手続がなされておらず、しかも、大谷の財産としては右自動車以外に目覚しいものがなく、その全部をもつてしても債権者の損害賠償請求権を充たすに足りないものであるから、債権者は、大谷に代位し、債務者を被告として右自動車の移転登録請求訴訟を提起すべく準備中である。しかしながら、債務者は、大谷の依頼を受けて右自動車につき譲渡、賃貸、抵当権の設定その他の処分をなすおそれがあり、かくては他日右本案訴訟において債権者が勝訴の確定判決を得ても、その執行に著しい障碍を生ずる公算が大であるから、右執行の保全のため申請の趣旨掲記のとおりの仮処分命令を求める次第である。」
三、そして、これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。
債権者代理人の提出した各書証を総合すると、本件仮処分申請の被保全権利の存在を裏付けるものとして同代理人の主張する事実は、すべてその疎明が十分である。すなわち、債権者国は、大谷正男に対する損害賠償請求権に基き同人に代位して債務者に対し、別紙目録記載の自動車につき右両名間の売買を原因とする所有権移転登録手続をなすべき旨請求する権利を有するものと一応いわなければならない。
しかるところ、債権者代理人は、債務者が大谷の依頼を受けて本件自動車につき譲渡、賃貸、抵当権の設定その他の処分をなすおそれがあるから、仮処分をもつてその処分の禁止を命ずる必要があると主張するのであるが、この点に関する証拠を検討すると、同代理人の考えているところは、おそらくは単なる杷憂にすぎず、その求める仮処分の必要性を裏付ける根拠としては薄弱であるといわざるを得ない。すなわち、大阪営林局庶務課長農林技官橋詰幸男作成名義の「陳述書」と題する書面には、「大谷正男は、本件自動車を他に転売の上、登録名義を直接転得者に移転させたり、第三者に対する債務の担保のため登録名義人の債務者をしてこの自動車につき抵当権の設定等の処分をさせることが考えられ、債務者においてもこのような大谷の要求を容れるおそれがある。」という趣旨の記載があるけれども、右は、債務者でなく大谷正男だけの過去における不信行為の事跡を主たる根拠として前記作成名義人の下した推測にすぎぬことが、この書証の記載全体かち察知されるのであつて、右の推論自体が必ずしも客観的合理性を有するものとは思えないから、同書証をもつて債権者の求める仮処分の必要性の存在につき疎明があつたものとすることは難しい。さらに、大阪法務局訟務部検事藤井俊彦作成名義の「電話聴取書」によれば、債務者は、昭和三十三年八月十四日債権者国の機関である同検事に対し、「債務者は、昭和三十一年三月大谷正男に対し本件自動車を代金百八十六万円で売り渡し、その所有権は、代金完済の時に移転する約束であつたところ、大谷は、昭和三十二年三月二十五日右代金を完済したので、その時をもつて右自動車の所有権は、同人に移転している。そこで債務者としては、大谷に対し右自動車の所有権移転登録手続に協力すべき旨通知済であるが、同人において依然これを放置している次第である。」と電話で通知していることが疎明されるのであるから、債務者としては、本件仮処分申請の被保全権利たる右自動車の所有権移転登録請求権の満足にむしろ協力的であるともいえるのである。もちろん純粋に抽象的に考えると、債務者が本件自動車を大谷以外の者に対し処分する可能性が絶無とはいえないであろうが、それだけで債務者に対し右自動車の処分を禁ずる仮処分の必要性を認めることは、もとより早計であつて本件の事案において右の必要性を肯認するためには、例えば大谷と債務者との間に既に執行免脱の共謀の事実があるか、又はそのおそれがあるとか、債務者が自動車を売り渡し代金を受け取つてもその所有権移転登録義務を履行しないで他に転売するような悪質の会社であるとかいつたことを直接に又は間接に推測せしめるところの具体的事実の疎明がなければなるまい。しかるに、本件の証拠中仮処分の必要性に多少とも関連するものは、前掲「陳述書」と「電話聴取書」以外に何もなく、しかも、右各書証から認識し得るところの事情は、前述の程度をあまり出ないものであるから、結局右の必要性の存在については、消極に解せざるを得ないのである。
なお付言するが、債権者が本件仮処分申請により達成しようとしている真の意図は、大谷正男がその財産に属する本件自動車ないしその所有権移転登録請求権を他に処分すると困るので、これを事前に防止するにあるとも推測されなくはない。しかし、大谷のなすかかる処分行為と債務者のなす本件自動車の処分行為とは理論上もとより同視するを得ないものであつて、右に述べたような債権者の意図を全うするためには、大谷に対する損害賠償請求権を被保全権利として仮差押を申請するのが適切な手段であり、同じ目的を債務者を名宛人とする仮処分をもつて達成しようと考えるのは、筋違いであると評せざるを得ない。
かような次第で、本件仮処分申請は、その求める仮処分の必要性の存在につき疎明がないため失当であるといわねばならないから、これを棄却することとし、なお、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 戸根住夫)
自動車の表示<省略>